1.WAU MEDIAについて
2.ネーミング
3.サイトコンテンツ
4.運営者
WAU MEDIAについて
正式サイト名:Will As Upswing Media(ウィル・アズ・アップスイング・メディア)
サイトURL:https://willasupswing.com/
サイト運営者:三尾谷 駿(みおや しゅん)
WAU MEDIAは、「あなたの知るべきニュースでは?」と称して、世界から発信される最新のニュースを「日本語解説」を付けて毎日更新しています。
2020年以降、世界が急激に変化しています。あなたの普段の生活にも、今までに経験したことがない「ポリティカル」な動きが実感できる人は少なくないと思います。
このサイトは、2020年以降、世界的な「言論統制」が行われていることに対し、「世界で繰り広げられている活発な議論を積極的に知ることによって、あなたの生活の中で何かのアクションを起こす」ことをサポートするために立ち上げました。
ネーミング
「WAU」は、Will As Upswing(ウィル・アズ・アップスイング)の略語です。Will(意志) As Upswing(上向き)=「上向きの意志」。
因みに、ポーカーゲームでは、 Upswing (アップスイング)という用語は、特定の期間に平均以上に勝つことを意味します。
サイトコンテンツ
本サイトでは、主に世界の保守派(自国の文化、経済、国防など、国と国民が繁栄するための思想を兼ね備えている)媒体から発信される「情報」を、日本語解説で毎日更新しています。
なぜ、世界の保守派の発信する情報をわざわざ日本語解説で発信する必要があるのか?
そう感じる方はこの先もお読みください。
日本は良くも悪くも総合的にアメリカの影響下にあります。
「アメリカがくしゃみしたら日本が風邪を惹く」
と昔からよく言われましたが、未だにその構造は変わっていません。
とは言っても、かつての「自由の国アメリカ」は、すでに崩壊していまいましたが(20年ほどアメリカで生活していた筆者の感想)。
アメリカの終わりの始まりは、2020年の大統領選挙でした。
まさにアメリカ発端の「言論統制」が世界に行き渡ったのです。
なぜこんなことが起きたのでしょうか?
誰かがそれを起こしてるのでしょうか?
DSと呼ばれる国際金融家たちでしょうか?
それとも誰かの陰謀ではなく自然にそうなってるのでしょうか?
いずれにしても、今、間違った世界に進んでいる動きを止めるために戦っている人たちがいます。
2021年10月11日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、「極左思想」が欧米諸国に社会問題を引き起こしているとして、「1917年のロシア革命時に起きたことと変わらない」と演説の中で非難しました。
この演説は、世界中の保守メディアがこぞって記事にし、プーチンの見解に共感しましたが、日本では全く報道されませんでした。
かつてロシア革命によって「共産主義国」になった「ソビエト」から、「連邦共和制国家」に生まれ変わった現在のロシア大統領は、革命当時に起きた忌々しい悪行を、今欧米で起こっている社会現象と同じことであると世界に発信し、それは人類に対する犯罪に近いものであると主張しました。
このニュースは、日本のマスコミはほとんど報じられませんでした。
何故でしょう?
もうお気づきの読者の方も多いと思いますが、日本に報道のほとんどは、アメリカを中心にしたNATO同盟国のイデオロギー報道をそのままコピーして流しているに過ぎないからです。
世界で起こっている様々な動きは、普段私たちが触れている日本のマスコミの情報とは全く違うものです。
特にウクライナ紛争については事実とはむしろ逆の報道が大半を占めています(2022年5月現在、少しづつ嘘が暴かれてきています)。
そして、日本は現在もコロナワクチンを総理大臣自ら国民に打たせようとしています(まだ治験段階を終えてないため、死亡者や重篤な後遺症が多発していると騒がれているのに、検証もせずにひどい話です。もう犯罪のレベルですね)。
先日、岸田総理がNATO同盟国を訪問した際、マスク無しで過ごしていた事がネットで炎上しましたが、お構いなしです。
このサイトは、動画ではなく敢えてサイト上にテキスト・画像・動画・リンクページなどを表示することに拘ったのは、動画は「概略」だけ素早く手にするには便利ですが、ほとんどの場合、「正確な情報」としての「知識ストック」ができないからです。
「詳しくは今月出るこの本を買ってください」
とかにするほど、呑気な時代ではないと思うのです。
我々日本人にとって「とても重要なヒント」が世界中で起こっています。
日本が再び発展し、世界に輝く国になるように、世界の現実を知り、日本を国民の手で蘇らせるために、ほんの些細な事でもやりたいのです。
運営者
名前:三尾谷 駿(みおや しゅん)
福岡県生まれ。1980年代後半に渡米。ビジネススクール卒業後、旅行~運輸関係での経験を得て、IT業界に起業。2000年代後半に帰国。その後、開発、コンサルティング、執筆活動に携わっています。